数の数え方

振袖火事 関東大震災 東京大空襲 江戸東京が灰燼に帰した時です 振袖火事の後将軍吉宗の命を受けた大岡越前守が町火消しの制を作りました

江戸の町火消しは最初 いろは四十八組を十番に分けていました 後に語呂が悪いというので 四番組と七番組が欠番になり八番に減少しています 四番は〈死〉に通ずるからというのは分かります 七番がなくなったのはなぜ? なんと〈火地〉に通ずるからというのです これを決めたとき誰一人江戸訛りだと思っていなかったのか それとも洒落っ気ですか 江戸っ子は一筋縄ではいきません その後幾度かの変遷がありました この五番組組頭の話は意気です(勇み肌の江戸気負いってやつですか)
いち・に・さん・し・ご・ろく・しち・はち・く・じゅう は漢字が伝わって来てからの読みでしょう

大和言葉の数え方は ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ です ひとつ ふたつ みっつ の「つ」は1個2個3個の「個」と同じ では〈とお〉になぜ「つ」が付かないのか 10〈と〉は数え方というより単位です 20は〈ふたと→はたち〉30日は〈みつとおか→みそか〉となります この音便から十を〈そ〉と読むことがあります
同じく100が〈ほ・お〉1000が〈ち〉 数・単位としてはここまでで 10000を〈よろず〉というのは単位ではなく 沢山というほどの意味です 

八百萬〈やほ・よろず→やおろず〉は 八百が数多いことを表し(嘘八百とか八百八町) これに萬がついて ものすごく沢山になります 800,0000ではありません
八に千では ものすごく沢山を超えて無限・永遠という意味になります 千代に八千代にといった使い方です もはや数えきれないので萬は付きません
なぜ八かというと 十は満ち足りていてそれ以上がない 九は満ちたところから一つ引いたもので欠けを意味する 八は未来への伸び代があるので 数の最上位になります

たとえば満月をことのほか賞でるのは 欠けを忌み嫌うから 満月のことをまた望月とも言います 餅が丸く形作られるところから名付けられました 餅が丸いのは神に捧げるため 欠けがあってはいけないからです
また天照坐皇大御神のご神体(依代)は 八咫鏡(やあたのかがみ)です この咫は大きさの単位で親指と人差し指を広げた対角線です 両の手で〈あた〉を作り合わせると円になります 八つの咫の大鏡が八咫鏡です 円満にして豊かであり なおかつ衰えない若さを示すのが 八咫鏡なのです

もともと数の最大は「九」でした アラビア数字を見れば分かるように 10は1と0の組み合わせです 0の発明は偉大ですね漢数字だと単位名を次々に作らねばなりません 億なんて日本人には数の単位として捉えられず「十万億土」とかになってしまいます 九重・九折・九十九も数でないような気がします 大陸渡りの言葉と思われます

九頭龍神が八岐大蛇になった理由はたぶん この日本人独特の感覚からでしょう 岐〈また〉=叉・股ですから9頭なら8岐となります 頭が一つ減ったわけじゃなく言い換えただけです 九頭竜神と八岐大蛇は同じことを言ってます
まぁ円筒状の胴体を8等分すれば 頭8つと岐が8つにはなりますが 龍も大蛇も水神様であり分岐した川の支流をいっているわけです そうすると円筒状じゃ具合が悪い
つまり八や九は数多いことを表しているだけで 頭の数や分岐点の数ではありません 古事記・日本書紀を編纂する時にうっかりしたのか その頃にはすでに八つの頭と言い伝えられていたのか よく分かりません