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タグ: 憲法

破天荒と荒唐無稽

映画や小説のストーリーにおける 破天荒と荒唐無稽の違いはどこにあるでしょう 破天荒を裏打ちするのは考証かと思います とくに時代劇は事実に基づいたディテールが大事です これがいい加減だとリアリティが損なわれます
逆に未来を描いたものは 想像力が大切かもしれません いまの技術の延長線上に未来の姿はない 何かドラスティックな変革が必要かと思います

池波正太郎先生の「鬼平犯科帳」なんて 実在の人物がモデルなのにまるっきり作りものです しかしこの盗賊ども実に生き生きと活躍する 緻密な時代考証があるからです 池波先生は立ち回りを描くために 居合いを修めておられました 剣の使い方をご存知です[01] … Continue reading
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は 時代物なのに想像力で書いているように思います ろくに資料に当たってないんじゃないか 小説だからそれでいいだろう といえばそうですが 絵空事になってしまいます 竜馬を付け狙う剣客を峰打ちで撃退するなんてあり得ない[02] … Continue reading

最近のTV時代劇などで 手を支えている相手に向かって「頭を上げて」というのが気になります 「お手をお上げください」という言葉を知らないのでしょう また帝国海軍軍人が 肘を張った敬礼をして「○○であります」といってる映画もありました
映画の場合は画作りのために 省略や誇張が必要なことがあります しかし間違いは間違いです 考証を疎かにしては どんなにストーリーをこねくり回しても 破天荒でなく荒唐無稽になってしまうのです[03] … Continue reading

小説を書き進めるうちに 登場人物が自ら動き出すとよくいいます 小説の世界で命を与えられるのです そのためには 綿密な取材に基づくディテール構築が必要です 小説は人物像を描き出すのであって ストーリーに沿ってキャラクターを動かすのではない
映画作りは画作りです 目に見える具体的な世界を描き出さねばなりません[04] … Continue reading 小説と異なり想像力を働かせる余地がない 映画もやはり人物像を描き出します 小説のように筆力ではなく キャスティングと役者の演技力によります

「戦国自衛隊」は破天荒な作品であるといえます 戦国時代の戦術・戦技にリアリティがあります あの知識は千葉真一さんでしょうか 監督によるものでしょうか 無形戦闘力が有形戦闘力に勝ることを知っている
映画の設定だと自衛隊は傭兵なわけで 大儀のない戦いを強いられています 有形戦闘力を持つも交戦権なく 兵力でない自衛隊 これこそ荒唐無稽でしょう 戦国時代にタイムスリップせずとも 平和憲法の元で一朝事あらば どのような結果が待つか

2022年5月1日追記=ウクライナに侵攻したロシア軍が停滞しているのは 士気と補給の問題です 有形戦闘力とは補給の維持であり 無形戦闘力の代表は士気といえましょう 傭兵の士気は報酬がもたらすのかもしれません 民兵や義勇軍とは違います
ロシア軍の前線に配置されているのは 少数民族のように思われます 大東亜戦争時の英印軍のようなものじゃないでしょうか 確認したわけじゃなく想像に過ぎませんが 各個撃破でもなくやたらに戦線を移動しています これでは補給が追いつかないでしょう)

註釈

註釈
01 居合とか抜刀術はパフォーマンスで 実戦の役に立つものではありません 斬り合いでは相手も刀を持っているし突っ立ってません 巻藁を斬るようにはいかないのです
現代では浅山一伝流が古来の剣術を伝えています 刀礼や血振りなどない斬ることに特化した型です 斬るのはほぼ小手と首筋です 新選組の油小路事件では道路にたくさんの指が落ちていたそうです
02 日本刀は反りと回転力で引き斬る構造になっています 棍棒や青龍刀のような叩きつける使い方は想定していない 反対側(峰)から硬いものに当てれば折れます
新選組が池田屋から引き上げるとき 乱戦で曲がった刀が鞘に納まらず 抜き身を引っさげて屯所に帰ったそうです でも一晩経つと真っ直ぐに戻っていたとのこと 曲がる刀は折れない
03 時代劇で刀検めのシーンがあります(最近はないかも) 血曇りは研ぎ直さない限り消えないとか(血には鉄分が含まれるので刀の地と結合し 拭ったり洗ったりしても落ちないのです) 動物を斬っても曇らないとか 人を斬ったことがないので 本当かどうか分かりません
戦国時代合戦に赴くときは砥石を持って行きました 刃こぼれは避けられませんし 斬ったらすぐに研がないと 血は錆と同じで茎が腐るからです 古刀が細く軽いと言われるのは 研ぎ減りのためでしょう
04 黒澤明監督の映画で 頸動脈を斬られた武士が 血飛沫を上げて倒れるシーンがあります 警察の人に聞いたところ あれは本当だそうです 激しい運動のあと太い動脈が切断されると 相当の勢いで血が噴き出ます
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鎖国中立

スイスの国是である永世中立は 他国の干渉を排除するという点で 鎖国といえなくもない 中立国とは他国と軍事同盟を結ばないという意味です つまり自主防衛ですね
スイスは国民皆兵ですし 戦争に備えて食糧を備蓄し 核シェルターまで備えています 中立を守るため兵力を持つことが義務なのです どの国も助けてくれませんから
スウェーデンもまた武装中立の立場をとっています カール大帝の伝統を引く軍事大国であり 兵器は自国で開発しています 軍事的中立のためには 他国から兵器を購入できないからです

ここまでやらなければ国の主権(独立)を保つ 自主防衛・中立政策は維持できないのです スイスの国是はヴィルヘルム・テル以来の 自主独立の精神からきている伝統です
これといった産業のない小さな山国であるスイスが 独立を保つには傭兵として出稼ぎするのが 手っとり早い方法でした[01] … Continue reading

日本も一時鎖国していました これは西洋列強による侵略を防ぐためでした すなわち鎖国攘夷です 日本は四方を海に囲まれていて 侵略しにくい地形です そのため国防軍を常設する必要性を感じなかったようです 間接侵略であるキリシタンバテレンの布教を禁止するだけでよかったのです 鎖国といえど貿易は禁止していません[02] … Continue reading
江戸時代末には ロシアによる侵略が目立つようになりますが 徳川はこれといった対策を講じていません(ロシアに籠絡された松前藩をお取り潰しにし 代官を派遣するくらいです) さすがに明治政府は国境警備隊の屯田兵を配置します しかし装備も貧弱 ほとんど機能しない組織でした 北海道ですらこの状況です 千島と樺太をとられても仕方ないかもしれない

キリシタン禁教を まるで宗教弾圧のようにいうのは キリスト教国の視点です 彼らにとって布教は正義を広める聖なる行為です 実態が侵略であっても正しい行動なのです
布教は立場を変えれば植民地侵略の宣撫・教化です 戦闘を伴う伴わないに拘わらず 戦争は正義と正義の争いです 両方とも大義があるから戦争はなくならないのです

日本を取り巻く情況からいっても 中立・自主防衛は不可能でしょうね といって今さら鎖国もできないし アメリカと軍事同盟を結ぶ以外に独立を保つのは難しい
アメリカと対等の軍事同盟を結ぶには 自衛隊を正規の国防軍にすることが必須です 平和憲法とやらは只の護符です いくら呪文を唱えても神風は吹きません 戦力と交戦権を放棄した国が武装組織を持っている 国際的に説明できない異様な姿です

日米安保条約は世界の情勢が変わっても 姑息な弥縫策でごまかしてきました その結果が今日のいびつな姿を招いたのです トランプ大統領の発言は正論です 日本に対する攻撃をアメリカが防衛する義務はありません
ソ連による北方領土侵略 韓国による竹島占領 そして中国は尖閣諸島の領有を企図しています 日本の主権が脅かされている現実を正視するのが外交の基本です 目を背けてはいけない[03] … Continue reading

それにしても韓国からの攻撃に対して輸出規制なんて しかも報復ではないなどと言い訳している 最悪の選択です 外交も国と国の戦い大義は必要です[04] … Continue reading
相手の不当に対する経済制裁なら認められます 正々堂々と対処しない姿勢に 国際社会は意趣返しとしか見ません 決定的に韓国に有利になりました

もとはといえば すべて韓国の一方的な言いがかりに端を発しています しかも金目当ての強請り・集りです その不当を糾弾し国際社会にアピールしなかったから こういう結果となりました[05] … Continue reading
外交で最も重要なのは毅然とした態度を示すことです 国の象徴たる天皇陛下を愚弄されて沈黙している そんな国に国際社会は一顧だにしないでしょう 外交は正か邪このままでは日本に正義はないことになる 心理戦・情報戦で完敗です

註釈

註釈
01 アルプスの少女ハイジの登場人物 アルムのオンジは元傭兵という設定です さすが名作は考証がしっかりしています
ヴィルヘルム・テルが息子の頭の上の林檎を射たのは クロスボウとされています その時2本目の矢を隠し持っていたのを咎められます 弓と違い弩は矢を番えるのに時間がかかります 失敗したら乙矢で悪代官を射殺すというのは無理がある
またクロスボウは対人兵器です 通常狩猟には使いません(射程が短い 連射がきかない 構造が複雑で 重く故障が多い) テルもまた傭兵だったのではないでしょうか 今もスイスの各家庭には小銃が備えられています
02 鎖国のきっかけは島原の乱です 豊臣秀吉の宣教師追放後に残置した九州のキリシタンに ポルトガルが武器を供与し内乱を扇動しました これを鎮圧したのちポルトガルと国交を断絶したのが鎖国です 鎖国の間にもスペインを通じてヨーロッパ諸国と文化の交流はありましたし 朝鮮・中国との交易は行なっていました 半島と大陸は当時キリスト教国ではなかったからです
03 喫緊の問題は尖閣諸島です 持久戦において日本は相当疲弊してきました 中国が領海侵犯を繰り返すのは海警と称する沿岸警備隊です 対する日本は海上保安庁ですが艦船の数量装備とも雲泥の差があります もし海上自衛隊が前面に出たら 中国は偽装漁船を出して民間人を攻撃したと国際社会にアピールします
尖閣諸島に中国軍が上陸する日は近くなりましたね 偽装漁船を使ってこれを警護するという形でしょうか 李承晩ライン・竹島の時と似た情況です アメリカ軍がどう動くかは微妙なところです 一義的には日本の問題ですし 中国もアメリカも直接対決するわけにはいきません どちらにしても国際戦略から動くことになります
04 朝日新聞と韓国が協力した 慰安婦なる捏造事件で言いがかりをつけられた際 相手のいうままに謝罪した時点で すでに勝負はついていたのです その勢いで韓国は嵩にかかって 外交攻勢とハラスメント(擾乱)攻撃を仕掛けてきました
李承晩ラインを撤回しても竹島は手放さなかった そんな状態で日韓基本条約を結んでいるのです 日本の外交の無策を見抜いた上でやっています 外交も戦争も正義は常に我にあります 正義は勝つ妥協・譲歩は負け 勝った方が正義です
05 捏造が明らかな慰安婦問題を事実かどうかなど 相手のペースで論議している間に 日本のイメージ低下プロパガンダ作戦(ハラスメント攻撃)が展開されました 慰安婦と称する少女の人形です 韓国と海外に設置していたと思ったら なんと日本国内では芸術作品に昇格していました 悪辣な政治宣伝物を表現の自由に問題をすり替えた アジテーションの手法です
「表現の不自由展・その後」は中止となりました 中止の理由が脅迫だなんていってますが嘘です 抗議のほとんどは常識的な内容です 美術家の方々からも とても芸術とはいえない展示であるという意見が寄せられています 騒ぎを起こし日本は表現の自由がない検閲国家というフェイクニュースを世界に流す この微妙な時期を狙ったのは自作自演かも知れません (以前にも韓国籍の女流作家が脅迫されているといって サイン会を中止した狂言事件がありました)
このような悪質な企みを放置していたら 日本国内にも慰安婦像なる宣伝物が設置されそうです アート作品?の展示を批判しようものなら ヘイトスピーチとして弾圧されます 初期の対応を誤ったため 取り返しのつかないところまで追い詰められました 今さら言っても詮無いことですが
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結婚と姓・性

別姓

夫婦別姓を認めろと唱える勢力があります 姓を個人の属性だと思い込んでいるから そんな見当はずれなことを言い出すのです 戸籍謄本を見れば個人には名しか書いてありません 姓は家名(戸籍名)なので当然一つだけです
結婚すると新たな戸籍ができます 一つの戸籍に二つの姓があったら 戸籍制度そのものが成り立ちません[01] … Continue reading フグ田家が磯野家と同居するのとは 根本的に異なります[02] … Continue reading

旧姓とは実家(正確には生家)の家名のことです しかし 実家の家名に拘泥する自分たちの信条を 法律で正当化しろ というのは違うと思います 旧姓を名乗ることのどこが女性の自立ですか[03] … Continue reading この者たちは家制度に固執しているだけです
そんなところに個人のアイデンティティはない むしろ親離れしていないと言えます 日本社会は戸籍名以外を認めない風潮があります[04] … Continue reading 旧民法がなくなっても いまだ家制度にとらわれているのです 

同性

他国のように戸籍制度を廃止して 出生証明書にラストネーム(サーネーム)を記載するようにしないと不可能ですね 同姓同士の結婚なら そんな問題は起きないのですが
同姓といえば 同性同士の結婚を認めろと 唱える連中まで現れました 日本にソドムとゴモラの世界を再現しようとでもいうのでしょうか

いろんな宗教がありますし 信教の自由もあります 日本は多宗教の国です そんな邪宗は許さないという必要はない 性についても大らかな歴史があります
東海道中膝栗毛の弥次さん喜多さんが 男色関係だったのをご存じですか たしか静岡出身の設定でしたが 江戸へ逃げてきたのは 妻を殺したからであって 男色を咎められたわけではありません[05] … Continue reading

制度上でも社会的にも 取り立てて男色が非難されていない 天から火が降ってきて焼き尽くすこともないのです
それでも こんな不健全な生活をしていてはだめだ 改めようと決心して お伊勢参り[06] … Continue readingをする筋立てです といっても関係を解消する様子はない

憲法が絶対の権威

何でもかんでも法律で細かく規定しようとするのは 古代ギリシャの立法家ソロンによる改革が思い起こされます 当時の世相がどうだったか分かりません オリュンポスの神々の威光が失われていたか 自分勝手がまかり通る今の日本と似て 乱れた世だったのでしょうか
夫婦別姓にしろ 夫婦同性にしろ こういうことを唱える連中は 必ず現在の法律を憲法違反だと主張します モラルやコモンセンスの規範を 憲法に求めているのです[07] … Continue reading

たしかに一神教でない日本には 法律以前の規範を定める権威がありません 江戸時代は朱子学を規範にしようとしました 陽明学もありましたし 石門心学が流行しました 明治に入ってからは 武士道[08] … Continue readingなんてのを持ち出しています
他国から持ってきた教えや他国に決めてもらった憲法を崇拝する 様々な価値観があっていいのですが 憲法を絶対視するのはちょっと違う気がします 法律が正義とは言えない悪法はいくらでもあります 現行憲法はアメリカの価値観ですし 民法より遥か後にできました そぐわないのは当たり前のことです

註釈

註釈
01 戸籍制度があるのは世界で日本だけです 他の国は結婚しても離婚しても そもそも姓が変わることはありません 別姓が認められているという言い方は 誤解を招きます 誤解させるために言ってる? プロパガンダの手口ですか
他国では姓は出生証明書に書いてあり 結婚とは無関係です しかし社会生活上では通称名として夫の姓を名乗るのが普通のことです 夫と妻のラストネームを併記するのも通称名です もし戸籍で併記を認めたら寿限無になってしまいます
02 代々 娘が母方の姓を継いでいる家を知っています 熊野大社の社家の家系です 日御子・巫女(神子)・斎王などでわかるように 古来神に仕えるのは女性でした そのへんの伝統から言い伝えられたことでしょう これはかなり特殊な例だと思います
03 中国や韓国が女性の権利を認めているから 夫婦別姓というのは まったくのデマゴギーです 結婚で姓が変わらないのは他国同様ですが 通称名でも夫の家名を名乗ることができないのです また同姓同士は結婚できないという慣習があります 夫婦別姓ではなく夫婦同姓が認められない社会なのです 一部新聞はなぜ このようなフェイクニュースを流すのでしょう
04 一般的に現在の戸籍名を本名とし 生家の戸籍名を旧姓といいます 旧姓に対するのは 新姓ないし現姓でいいんじゃないですか これを本名というのは権威主義だと思います(戸籍名は離婚・再婚すれば変わるのだから本名ではありません)
生家のことを実家という言い方も改めるべきでしょう 新たに一家を立てるのであって婚家ではないのですから これも明治時代の家制度の残滓です
05 人別帳(住民票)に記載されていない人は長屋を借りることもできず 通行手形も発行されません しかし弥次さんの伝手で住まいを見つけ弥次喜多道中もできました お上が絶対ではなく融通をきかせる 明治以降より自由な社会だったのです
06 お伊勢参りは御師と呼ばれる人たちのキャンペーンで流行しました もともと寺社への参詣は物見遊山で 観光客の落とす金が寺社と周辺の経済を潤します 富士講やお伊勢参りは宿泊とセットになったパック旅行のようなもの 信仰に基づいたものでなく 明治期にできた神社神道とも別ものです
07 この問題の本質は 戸籍に記載された文字と 1点1画の違いもだめだとする役人根性です 旧姓を通称名として使えれば済むことで 民法改正云々の話ではない
話題になった「令」の文字にしても 明朝体と教科書体の文字デザインの違いに過ぎない 欧文でいえばローマン体(明朝体のもと)とスクリプト体(筆記体)の違いみたいなものです
小学校のとき「子」の縦棒を直線で書いたら 先生から弧を描くように書くものだと言われました 筆書きで明朝体をなぞった人は 活字が正しいと思っていたのでしょう 小学生レベルです
戸籍のフォントはIPA明朝です これと合わせるにはウロコも書かなければならない でもボールペンで書いたらゴシック体になってしまうし 困ったものです
08 武士道という言葉は 江戸時代に言われていた士道じゃなく キリスト教徒である新渡戸稲造が 日本には武士道という道徳規範があるとして書いた 英語の本がもととなって広まりました 聖書のように体系化された武士道なんてありません
葉隠は鍋島藩の歴史が主な本です 武士道云々はその中の一部に過ぎません 藩士として勤める心得は書いてありますが 士道の解説本とはいえない また山岡鉄舟が武士道という言葉を使っているようですが ともに一般的なものではなかった
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