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タグ: 洗脳

からごころ やまとごころ

中国人は何事も秩序立て 整然と体系化する傾向があるように思います しかも数字合わせをします 陰陽五行論や儒学の三綱五常なんかそうでしょう この考え方は日本にも影響しています 三大〇〇とかはそれなんじゃないか[01] … Continue reading
整理するのはいいんですが 観念的な理論が先行するようになり 教条主義に陥ってしまいます これが本居宣長の言う「漢意(からごころ)」でないですか 誰か偉い人が決めたことを絶対視し 一つの価値観に拘泥 他の考え方を排除するのです[02] … Continue reading

官の漢意

とくに徳川綱吉の代に武家の心得として朱子学が採用されました 家父長制・長幼の序・男女差別が典型的な儒学の理屈です いずれも旗本・家中を支配・管理するのに都合がいい この倫理観に対して疑問を挟んではいけません 天性つまり天から与えられた性質であって 生まれつきのものだからです
徳川時代では原則的に 武家の倫理規範としての朱子学です 町人にまで強要していません 江戸でハリボテの人形を胸に抱いて 老人を背負うような格好をし「親孝行でござい」の呼び声で 街を流す商売がありました ふざけた話ですが収入になったそうです[03] … Continue reading

儒学の教えによる孝子顕彰の制は広く行われていました 綱吉の代には盛んに褒美を下すようになりました そんな官製の忠孝礼賛に対して反感を抱く庶民がいたのです 健全な感覚だと思います
親孝行自体は悪いことではない でも誰も否定できない正義を振りかざす 取って付けた態とらしさに違和感を覚える 親孝行屋に銭を恵むのは江戸庶民の洒落心ですね そこに目を付けたのも 公然と批判できない屈折した心理です

徳川の施政を非難して 薩長を中心とした勢力が暴力革命で政権を握りました 明治維新です 徳川時代を否定し新時代を演出するため 明治政府は王政復古を掲げました しかしそれは標語や形だけ 大和心ではありません
教育勅語を見れば 内容は儒学そのものです たとえば根幹をなす「忠」も「考」も和語(訓読み)がありません[04] … Continue reading 実際に書いたのは誰か知りませんが 御名御璽のある勅語ですから 明治天皇も内容を了承しているわけです 徳川の朱子学は かくまで武家(維新の元勲とやらはほとんど下士ですが)を洗脳していたのです

江戸時代は征夷大将軍が武家の頂点として統治していました いわば軍政です 武家は軍隊なので上意下達の組織 もっとも重視される心掛けは忠義・報恩です 儒学の規範が実に制度にふさわしい ただし武家以外の人たちには関係のない話でした 農家と武家[05] … Continue reading以外は御家大事なんて感覚はなく 己の才覚で自立していました
徳川が朱子学を取り入れたのは 旧来の制度を否定するためで 舶来崇拝の文明開化だったといえます それまでの日本は家父長制ではなく母系社会です さらに明治時代になると 天皇陛下を父として国民は赤子であると 家父長制を拡大解釈するようになります
明治の教育制度に四書五経は含まれませんが「忠ならんと欲すれば孝ならず 孝ならんと欲すれば忠ならず」なんてエピソードは書いてあります 四民平等の掛け声とは裏腹に 徳川時代より極端な儒教国家になってしまったのです[06] … Continue reading

儒学に基づく政治は専制君主です 為政者に都合のいい理屈の儒学も そのことは自覚していて 支配する者に高い徳を求めます しかし現実はそんなにうまくいかない 中国の皇帝は ほとんどが暴君だったり 人心掌握術に巧みな人物です
明治維新のきっかけになったのは 本居宣長の国学の影響が大きかったと思います でもかなりラディカルな思想ですから そのまま明治政府の施政に持ってくることはできません やはり朱子学は統治するのに都合がいいのです
しかしながら明治政府はこれを 為政者や官僚でなく国民に強要しました 武家だけであった軍事の担い手を国民全員に拡大したのです(長州の奇兵隊が原型かもしれません) 日本の徴兵制・国民皆兵は儒学によって裏付けられていました 漢意極まれり[07] … Continue reading

民の大和心

大化の改新時には神道が国民精神の根幹にあり 仏教と隋・唐に倣った政治制度が補完する形でした 神道・仏教・儒学はそれぞれに並立していました 明治維新の時は西洋の政治経済制度を取り入れ 王政復古の建前からでしょうか仏教を否定しました しかし王政復古は名ばかり儒学の理屈が色濃く残ったのです 全てを受け入れるのが大和心 他方を拒否するのは漢意です
明治政府は西洋の制度(文化・文明)がキリスト教を規範としていることを見抜けませんでした 薩長の下士にそんな教養はなかったのかもしれません 儒学の弊害に気付くことなく仏教まで廃すれば 精神の拠り所を失ってしまいます[08] … Continue reading
私見ですが キリスト教と儒学は共通点があり 神道と仏教は親和性があるように思います 日本ではいずれも融和しがちです 庶民は上辺で廃仏毀釈に従ったが ここでも健全な判断力をもって 仏教の教えを捨てなかったのが幸いでした 敬神崇仏で何の矛盾もない 庶民にこそ大和心があった[09] … Continue reading

原初の神道は国の成り立ちを神話を通じて説く いわば日本人の習俗・慣習のようなものです 教義も何もないが「魏志倭人伝」に描かれる日御子の姿が伝えています[10] … Continue reading 「惟神の道」という言葉は宗教以前の根源的な道の意です
八百万の神々が対等の大和心は 漢意の対極にあり一神教の教義とも相容れない 朱子学の皇帝に天皇陛下をなぞらえたり 西洋の王制政治を取り入れて 世俗の権力と同等に扱ってはいけません 神道(皇統)は政治制度でも宗教でもないのです 日本の成り立ちは悠久の神話の国です

日御子が国をまとめたのは 武力でも政治でもなく権威によります[11] … Continue reading 天照大神の子孫であるから天皇陛下です 日本の国体は天皇陛下の権威を中心とせねばなりません キリスト教国の拠って立つ権威も聖書や教会が齎します
薩長明治政府は天皇陛下を政治利用し 今でも続いています その上にマッカーサーGHQが 日本の歴史そのものを否定しました 現行憲法前文で唱う人類普遍の真理とは神の教えのことです

明治憲法のように統治権を総覧するとか 現行憲法がいう国の象徴ではない 総覧では主権の在り処が規定されず 象徴ということは国が主体で天皇陛下は表象に過ぎない
権威は政治制度や法律で決めることでありません キリスト教国の権威は神から与えられ 神道では2000年を超える皇統こそが権威です 天皇陛下は皇統に基づく権威なのです

註釈

註釈
01 儒学(儒教)の影響は今の時代にも残っています 旗本で禄を喰んでいるわけでもないのに家を継ぐとか 養子で入った婚家じゃないのに親元を実家と言ったり 結婚しても家名が変わるのは嫌だから旧姓のままでいたいとか すべて家父長制からくる家制度の陋習に囚われているのです
挙げ句の果てに将軍家とか天皇家なんて新聞でも書いています 征夷大将軍は一代限り世襲制じゃない ましてや天皇陛下と家制度は全く関係ないこと 江戸時代にそんな言い方はもちろんなかった 明治の頃でも朝廷・皇室とはいっても 天皇家なんて言わなかったんじゃないか 家族・家庭という意味で天皇ご一家までは許容範囲でしょうか
02 上代の大和ことばに抽象的な概念を表す言葉があったかどうか分かりません 漢字を組み合わせることにより便利に新語が作られたことは事実です その反面失われた大和言葉がたくさんあっただろうと思います
仁・義・礼・智・信は中国人の持つ抽象概念です 天・地もそうです もともと大和言葉にはなく 日本人の規範にはそぐわない概念 すなわち漢意なのです また仏教にもそんな概念はなく言葉もありません
03 世に孔孟と言いますが 孔子の教えは本来 謙虚なものだったのではないか 「学而時習之 不亦説乎」 学ぶは師に真似ぶ心 習うは己の修養です 師弟・親子・長幼の序は 学び習う年月の差なのです
孔子の玄孫弟子である孟子は 君臣だけでなく親子や職業さえも 階級秩序として規定しました こうして礼が秩序を維持するための 単なる形式・権威主義となっていきます 勉強し官職に就き出世して 栄耀栄華を極めるのが人生の目的です 秩序には礼が一番大事 徳が必要なのは支配者だけ
中国の葬儀は派手で豪勢です これは孟子の唱えた「君子不以天下倹其親」から来ているようです 自分は親孝行なんだと世間に宣揚するため 大金を使って葬礼を執り行う 拝金主義の中国人の感覚です
04 江戸時代の寺子屋は 子供の個性を伸ばす自由な教育の場でした むろん男女の差別などありません 読み書きそろばんが基本 大人になり仕事をする上で困らないだけの 教養を身につけます 論語読みの論語知らずという言葉があるように 儒者は書物の知識のみで役に立たない者と見られました
しかし明治の教育制度は 官製の画一的な価値観の鋳型に当てはめるもの 修身などは大学(四書)八条目の一つです 批判精神を摘み取り従順な羊の群れを作り出す そして忠良な官僚(牧羊犬)となって出世するのが良しとされます 西洋制度を取り入れているものの それは江戸後期に儒者が蘭学者に転向したことと同じです
05 弥生時代に水稲米の栽培が広がり 土地と水利をめぐる争いが起きるようになります すなわち武装した農民が武士の始まりです 戦国時代も結局は田圃の取り合いです(合戦だけでなく苅働き・焼働きも戦でした) 争いが終結し豊臣秀吉の太閤検地と刀狩で 武家と農家の役割が固定されました 日本の歴史で農奴などありません
06 西洋社会の貴族は王のもと軍事を担う役割です 日本の武家と同じく戦費は自己負担です 領地経営と戦に備えるためには 長男が全てを統率する必要があります すなわちヨーロッパも家父長制なのです 脱亜入欧とは裏腹に儒学と共通点がある気がします
07 八紘一宇に至っては 世界は一家人類みな兄弟という空疎な論です 一宇(一つの屋根で覆う)とは一つの価値観しか認めないということ 世界国家論とか父なる神といった考えに影響されたように思えます
昭和大戦中に八紘一宇を唱えたのは近衛内閣であり 軍部が推進したなどは捏造報道(情報)です
08 幾多の皇子・皇女が門跡として寺院に入られています 神道だの仏教だのと分け隔ることなく 何のわだかまりも持たないのが 上つ方から下々まで大様な日本の心です 狭量なのは地位と役得に汲々とする官のみ
09 お引けえなすってと仁義を切る 義理と人情の板挟み 庶民は漢語のもとの意味を軽く飛び越え 日本流にアレンジしました じつに融通無碍とらわれることがない これこそやまとごころでありましょう
10 記紀に描かれることは人間臭く 神話とは言い難いものもあります 卑弥呼(日御子)が登場しないのは不思議です 「魏志倭人伝」等が伝聞を記録したとはいえ 事実を隠す理由もありません 不確かながら史実を伝えていると見ていいかも知れない
11 北方・南方・大陸から渡ってきた人たちは それぞれの神を奉じていたでしょう やがて日本列島に定着集落を形成し 交易を通じて混血していきました 固有の神は国神・八百万神であり 日御子の導きに順い 氏神・鎮守の神となっていきます 武力に服属するのではない調和するのです 和をもって貴しとなすが吾国の習いです
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身分制・階級制

インド・イギリス・中国

インドではカースト制があります 身分や職業による階級制度です 異なるヴァルナやジャーティ間の行き来はありません イギリスにも階級・身分制があります 階級間の移動はなく職業も決まっています インドと似ている面がある
イギリスがインドを植民地としたとき この階級制度をうまく利用しています 上流階級に特権を与えて 既存の制度をそのままに支配するのです 今までの制度を変えることは反発を招きます[01] … Continue reading 二重支配が植民地政策の基本なのです

中国を植民地としたときはどうだったでしょう 中国には明確な身分制はありませんが 職業による階級制はあります 朱子学でいう士農工商です この士は武士ではなく士大夫です 科挙の合格者が士大夫となります
科挙は広く人材を登用するとして始まりました 試験はほとんど四書五経の丸暗記です 丸暗記は四書五経をまるごと受け入れることになります いちいち判断していたらとても暗記できません 頭の中は四書五経で占められ 批判精神の入る余地はありません[02] … Continue reading
こうやって忠良な官僚が支配する階級制度ができます 広く人材をといっても 膨大な書物を買い求め丸暗記する時間がある者は限られます 高級官僚の子息が士大夫となるので 現実には身分制ができてしまいます

朝鮮・ロシア・日本

朝鮮半島も科挙を取り入れ両班が支配する階級制・身分制の国です ロシアが朝鮮半島を支配しようとしたとき 両班による支配制度はそのままにしました ロシアもやはりツァーリが支配する農奴の国でしたから 階級制の利点を理解していたのです
日露戦争に勝ち ロシアに代わって朝鮮半島を統合した日本は 昔から階級制・身分制のない国でした[03] … Continue reading そこで朝鮮の身分制を廃止し 皆が平等で日本人と同じとしたのです(四民平等から発展し 後に八紘一宇となる空論が根拠です)
これは愚策です その国の制度を廃止することは歴史と価値観を否定することです あまつさえ創氏改名などといい出しました 朝鮮人にとって自分の出自は最も大切なことです 人間として認めないのと同じことになります 同化政策よりもっとひどい人権蹂躙です

キリスト教が広まった要因の一つが その地の宗教習俗を否定することなく 巧みにキリストに結びつけた宣撫・教化策です 農事祭である火祭りをキリストの聖誕祭としたのは代表例です[04] … Continue reading 今までの習慣を変えないので受け入れやすい(様々に変形してしまうこともあります 隠れキリシタンはマリア崇敬と観音信仰が合体しました[05] … Continue reading  本地垂迹説のようなものです)
植民地の先遣隊として 宣教師は果敢に各地で活動しました ターゲットは支配階級です その地均しの上で植民地として支配して征きます 現地の宗教習慣を否定しなかったように 身分制・階級制を巧みに取り込み その上に君臨するのです
日本が植民地化から免れたのは 身分制がない社会であったこと キリシタンを禁教としたことによります[06] … Continue reading

註釈

註釈
01 インドがイギリスから主権を取り戻し 共和国になってもカースト制はそのままです インドは宗教上の争いはあっても 身分制・階級制に安住しています この制度は宗教由来のことで 法律とは無関係です 憲法をもって廃止しようとした人はいましたが 賛成は得られませんでした
02 洗脳の方法は色々あります 手っ取り早いのは 自由を奪い教義やお題目を強制的に毎日何回も唱えさせることです(修道院なんか近いかもしれない) 自分の信念と違うことを毎日唱えさせられるのは大きな苦痛です
この苦痛から逃れられる唯一の方法があります その教義やお題目を心の底から信ずることです そうすれば苦痛はたちまち喜びに変わります 丸暗記の受験勉強は一種の洗脳とも言えるわけです
03 江戸時代の村は自治権を持つ集落です 年貢は村役人が取りまとめて納めるものでした 太閤検地と刀狩りで農業専従となったものの 元をただせば豪族であったわけです 藩が村(農民)を支配していたわけじゃないから 不服があれば一揆を起こします
04 この頃クリスマスを祝うのに〈メリークリスマス〉でなく〈ハッピーホリデイ〉とか言うそうです 理由としてクリスマスはキリスト教の行事であり……云々 なんて言ってます 春を迎える農事祭(火祭り)は 紀元前から世界中で行われていました(日本では鳥追いやどんど焼きですね) もともとキリスト教とはなんの関係もありません
05 マリア崇敬は異端とみなされています すなわち隠れキリシタンはキリスト教徒とはいえません 島原の乱はポルトガルの煽動と支援で起きた内乱です キリシタンの人々は利用されたわけです 島原の乱後ポルトガルと国交断絶し鎖国政策をとることで ようやく日本に対する間接侵略が終焉しました
06 身分制のない日本で教育は平等 江戸時代の人々にとって西洋事情は常識でした それは知識のみのことだから 彼我の文明を同列に見ることができました
シナや朝鮮インドでは 自らの文明に対する極端な奢り昂ぶりから 病的なまでの自尊心が生まれ国を滅ぼすことになります 清国の西太后しかり 李氏朝鮮の神貞王后しかり
その心理を巧みに利用したのがヨーロッパの植民地政策 インドが未だに身分制から脱却できないのも宜なるかなです かのガンジーはカースト制に疑問を抱くことはなかった
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難民・移民・流民

日韓関係を含む東アジア情勢については 韓国の新聞の方がよほど正確・冷静に分析しています 立場が異なるといえ 自国利益のために言説を展開する 健全なジャーナリズムはおすすめです
日本の新聞はデマゴギー・アジテーションに終始していて 「戦争反対」というシュプレヒコールに反対するものは 戦争に賛成なのかという まるでバカボンのパパのような詭弁を弄するばかりです[01] … Continue reading
4月29日追記=朝日新聞社の元主筆が北京で客死したそうです 北京で開かれる中・韓・日シンポジウムに出席する予定だったとか この者は朝日新聞でのプロパガンダ活動の功績を認められ 定年後に韓国の大学・新聞から招かれて京城に在住 第2の人生を謳歌していました)

内乱による難民

世界で難民問題が起きています 日本はすでに朝鮮半島からの流民(実体は難民でも移民でもない 密入国・不法滞在です)であふれ 数々の問題が顕在化しています この由々しき事態は半世紀をゆうに超えていて 難民が引き起こす問題の先例です 日本がこれ以上難民を受け入れる余地などありません

昔から内乱を繰り返し いまもって統一国家でない朝鮮半島が ひとときの安寧秩序を得られたのは日本統治時代だけでした ロシアの朝鮮半島侵略は清國の衰退に乗じて始まり 日露戦争の原因となりました
ポーツマス条約で新たな秩序が打ち立てられます しかし日本がが満州・朝鮮から引き上げたとともに ソ連(ロシア)による侵略が再開され 半島は再び分断 以前の紛争地帯に戻ってしまいました 今に続く朝鮮戦争です

多くの者が戦禍を逃れるため 朝鮮半島から大挙して日本に押し寄せました 偽装難民ではなく外地からの引揚船に紛れ込んだ密航・密入国です 以前から日本にいた者は強制徴用されたと称し ともに敗戦後の混乱に乗じてそのまま居座りました
日本へ帰化しようにも 李承晩と金日成が争っていた内乱状態ですから そもそも母国自体がありません 指導者である李承晩大統領さえ無責任にも日本に亡命するつもりだったのです そのため曖昧な状態のまま不当滞在となり今日に至っています

4世紀ころから 日本は半島からの亡命を受け入れ 土地まで与えてきました その人たちは礼節をわきまえていたので 手ぶらではやってきません 仏教の経典やら数々の宝物を携えてきました(もっとも日本の宝物を盗み出そうとした新羅の僧もいました 僧を称していても隠れ蓑だった 本性は変わってないのかもしれません)
また日本では明確な社会階級制がなかったので 技術あるものは正当に評価され 自由の身分を得ることができました そのため皆が望んで日本に帰化したのです 半島の風に染まっていたとはいえ 多くの人たちは倭人の末裔であったのでしょう[02] … Continue reading

それら帰化人たちを 大陸文明を伝えにきた渡来人として敬え などと言い始めたのは 違法入国者が工作した結果です 難民・移民どころか 不法入国してそれを正当化するため 歴史を歪曲するという厚かましさ
当時は戸籍も国籍制度もなかったので 帰化じゃなくて渡来だ というのが論拠のトンデモ学説です 事実を隠蔽するため用語の解釈に問題をすり替えています(本当の問題はそんな悪口雑言を受けいれた日本の教科書にあります)

いわゆる第5列

北朝鮮は 自分たちに有利な活動をすると思われる大学教授等(進歩的文化人?)を 数十人単位で何度も自国に招待していました(なんとか訪朝団といったと思うが) 2回金日成に会った人から直接聞いた話です
どういうつもりか 昭和40年代に日本の小学校で「千里馬」が上映されていました これは日本人によって作られた朝鮮宣伝映画です! 第3国人の走狗である日教組の企みだったと思います
教育の場への宣伝工作は効果が上がります 勉強のできる子は教科書の内容を鵜呑みにします そうすれば成績がよくなるからです 優等生は欺瞞に満ちた偏向教育で洗脳されたまま成長し やがて教師や学者になり あるいは出版・報道等へ入り込んでいきました

ようやく明らかになったのは拉致問題に限りません 数十年にわたって隠蔽されてきた不当・不正に対して声を上げる人たちが現れ始めました それに対し危機感を抱いた第3国人と支援組織は「ヘイトスピーチ」「人種差別」といった 論点すり替えの虚言・妄言をまき散らしています
4月23日追記=一部自民党議員と公明党により 「特定の民族などへのヘイトスピーチ(憎悪表現)を抑止する法案」が提出されました
当法案の問題点は2点あると思います
1.特定の民族を幇助するためであること
2.言論弾圧を正当化しようとしていること
特定の民族とされる者たちや外国の内通者がなぜ ヘイトスピーチ(悪口・憎悪表現)といって騒いでいるのでしょうか? 彼らの身に疚しい事があるからではないですか
警察庁の犯罪統計で明らかな 中国人と朝鮮人の犯罪率の高さ 難民でもなく帰化もしないまま 戦後70年も居座っている流民が正当性を主張する現状 不当移民への批判を人種差別として論点をすり替えているのです
今まで看過されてきた あるいは糊塗されてきた事実が 衆人の目に触れるようになってきました インターネットのおかげで 本当の言論の自由がもたらされたのです
インターネットの世界も一部の国で統制が図られています 中国・ロシア・韓国はインターネットでも早くから言論統制を行っています
インターネットは1国に留まりません 中国によるサイバー攻撃に加え 日本のインターネット環境は LINEに代表される韓国資本に席巻されています 韓国情報部がLINEの通信を傍受しているという報道もあります
そのためインターネット上の言論に対しても 自分達の悪事を指摘したブログや動画投稿の削除・遮断・閉鎖が行われています 当法案は こういった不当な行為を正当化・合法化しようとする意図を持ちます
民主主義の国日本で言論統制を図ろうとするのは 許されることではありません まして特定の民族におもねって 自国民の言論・表現を束縛するに至っては正気の沙汰と思えません
国内外の外国勢力による日本への誹謗中傷と犯罪行為は野放しにし それに対する一切の反対意見を封殺するというものです
当法案は言論弾圧どころではありません 外国勢力に阿諛迎合し 独立国であることを自ら放棄する暴挙といえます 法案の発議者は まさに売国奴と呼ぶにふさわしい)
役人と時の政治家は責任逃れと保身のみが身上で このような状態を放置し見て見ぬふりを決め込む 既存メディアは外国勢力による言論弾圧に同調するという奇態な国となり果てました

報道が萎縮したのは金嬉老事件の時以来だったと記憶します 人種差別がこのような事件を引き起こしたとする論調がまかり通ったのです その時から新聞は 第3国人の本名を明かさなくなりました
市民グループ・市民団体という言い方も同様で 本性を隠すための言い換えです 朝鮮人の名前を日本語読みにするなとねじ込まれ 唯々諾々と従ったのはいつからでしたか

情けない話ではありますが 内乱をくぐり抜けてきた者が権謀術数に長けているのは必然なのかもしれません 同じ半島であるイタリアが分裂していてマキャベリを生んだように
半島人という括りもできそうです ロシアが再び侵攻したクリミアも半島です 大陸の端ということで地形的に中途半端な存在なのでしょうか

外交攻勢・宣伝工作

朝鮮来聘使が書き残したものを見れば 建前・体裁・面子が一番大事な民族性のようです 夜郎自大といいますか実に尊大な態度です 中国と日本の中継点・通過点であって 独立国としての歴史も文化もないわけですから[03] … Continue reading このように無意味な擬似的外交使節団を送ったりします[04] … Continue reading
精神構造は今も変わらず 漁業以外に戦略価値がなさそうな竹島に居座っているのも 意地を張っているだけのように見えます

「歴史認識」云々といった外交詐術を 日本国内やアメリカ・国連に持ち込ませてはいけません 朝鮮来聘使なども極めて偏狭な見方をしています 現在とまったく変わらない言い方です やはりこれも民族性ですから咎め立てしても無駄でしょう 日本への言いがかりは外交の場で対処すべきこと 外務省の責任です

捏造(でつぞう)した歴史を自国内で吹聴したり 北と南でいがみ合うのは自由です 勝手にやっていればよい しかしこれは日本国内における流民問題に関わっています 日本にとっては とんだトバッチリということです

謀略工作は実動班だけではできません 現地での協力者(エージェント)・収容班(活動拠点・移動手段・資材・資金担当)が欠かせないのです
朝銀にはログペリオディックアンテナが立ってましたし アジトから通信機と乱数表が押収されたのは枚挙に暇がありません 金大中事件というのもありました やりたい放題ですが 法が整備されていないため取り締まることはできません

拉致問題を社会党は事実無根の捏ち上げと強弁してきました 不当移入の第3国人が我が物顔に振る舞い あまつさえ教育・報道・史学の場で扇動していること それに呼応する市民グループと称する内通者・不穏分子を 放置・野放しにしていては日本は危うくなります

テロル対策、犯罪対策

靖国神社に放火した 中国籍とされるテロル犯が韓国に逃亡したとき 韓国政府は犯人引き渡しを拒否しました テロル支援国家と断言していい対応です
靖国神社爆破は単なる嫌がらせや騒擾目的ではない 日本人の殺傷を狙った明瞭なテロル行為です 構図としては パリで起きた連続襲撃事件・カリフォルニア福祉施設の銃撃事件とさほど変わりません

さて日本政府とマスコミはどうするつもりでしょう テロル犯なのに爆発音がした住居侵入罪などと言い換えていたのが 今は全く沈黙してしまいました
失敗したため人的被害が出なかったといって 微罪で放置したら 日本はテロル行為に対して自衛しないというサインを世界に示すことになります 他の国ではテロル犯に対して予防拘束まで認めています

日本から数々の仏像・仏画を盗み出しているのは組織的犯行です なにしろ韓国政府がこの犯罪を容認し お墨付きを与えています
2017年1月31日追記=日本から盗み取った仏像の所有権が 韓国の寺にあるという判決が出たそうです 新羅以来変わらぬ賊徒の国ということになります)
先般のサンケイ新聞ソウル支局長事件を見るまでもなく 韓国は中国・ロシアと並ぶインターネット検閲国家でもあります

それだけでなく日本のインターネット環境は韓国資本に席巻されていて 言論統制が図られているようです ヘイトスピーチといったデマにより 自分たちに都合の悪いブログ・動画を削除 遮断・閉鎖 ウィキペディア書き換えといった行為が横行しています
(なんと大阪市は日本人の言論を弾圧するため 第3国人が匿名で密告することを奨励する条例まで作りました
2019年3月10日追記=そればかりか大阪では所得税の納税をLINE PAYでやるとか言ってるようです 銀行口座とマイナンバーが韓国に渡る?)

オンラインゲーム・ソーシャルゲーム運営会社の詐欺的商法により 若年層の被害者が続出しています 日本では賭博行為が非合法とされ かつての博徒が姿を消しました その代わり出てきたのがパチンコに始まる 遊戯(ゲーム)に名を借りたギャンブルです
賭博的なオンラインゲームは韓国のNAVER(LINEの親会社)などが主でした これらで上がる利益も 姿を変えて日本への謀略工作に利用されています

註釈

註釈
01 賛成の反対は反対だし 反対に賛成もやはり反対です レレレでありニャロメなのです もっともらしいがレトリックに過ぎない 感情に訴え是々非々の判断を否定する アジテーションの手法です
02 帰化人は倭人の子孫であろうと思われます 7000年前に九州から縄文の人たちが 朝鮮半島南部に移住しました 大規模な噴火があったためです 定住したのは後の任那地域です 当時は無人でした 日本で水稲米の生産が盛んになれば半島南部に持ち込みました 朝鮮半島南部に古墳の形跡がありますから その後も多数の倭人が渡り 現地でクニを形成し 日本と連絡を保っていたでしょう
さらに5世紀 倭人が多数朝鮮半島に植民したと宋書倭国伝にあります 粗製鉄等の産品を移出もしていました 倭の国王が南朝鮮を支配する称号を求めたのは すでに朝鮮半島南部を実効支配してい その追認と見るのが妥当です
高句麗などの勢力が南下してきて 半島の情勢が不穏になり 故地へ帰還したのが帰化人です 倭人の子孫が大挙して帰国したために 任那日本府は閉鎖されました
何代にも渡って生活していたのですが 言葉や習俗がどの程度現地化していたか分かりません 帰化人の中には中国からの亡命者も含まれていたので バイリンガルだったでしょうか
03 独自文化がないわけでなく 料理・服飾・住居など生活に関するものは他に見られない歴史・伝統があります 韓国料理の特徴である唐辛子は南方原生で日本経由で渡りました そのため北のキムチは本来白い漬物だったそうです 米作も日本から伝わりましたから 北の方はもともと粉食文化です 代表的なのは平壌冷麺ですね
04 朝鮮来聘使(朝鮮通信使)は統制の取れた楽隊付きで 数百人で行列を作ったそうです 北朝鮮オリンピック選手団とまったく同じことをやっていたのです これもパフォーマンス好きの伝統でしょうか 軍事パレードも盛んですし
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