森と人

宮澤賢治の「狼森と笊森、盗森」に

そこで四人の男たちは、てんでに好きな方へ向いて、声を揃えて叫びました。
「こゝへ畑起こしてもいゝかあ。」
「いゝぞお。」森が一斉にこたへました。
みんなは又叫びました。
「こゝに家建てゝもいゝかあ。」
「ようし。」森は一ぺんにこたへました。
みんなはまた声をそろへてたづねました。
「こゝで火たいてもいいかあ。」
「いゝぞお。」森は一ぺんにこたへました。
みんなはまた叫びました
「すこし木貰ってもいゝかあ。」
「ようし。」森は一斉にこたへました。

という一節があります

宮澤賢治が何に触発されて この童話を書いたのかは分かりません イギリスに憧れていましたから あるいはロビンフッドなど森の住人に想を得たのか
私には縄文の人たちの暮らしぶりを見る思いがするのです ロビン・フッドは緑の衣装ですから 春の芽吹きを象徴する キリスト教以前のサンタクロースの原型1)サンタクロースの衣装が赤と白になったのは コカ・コーラのキャンペーンからです 夏場の季節商品であったコカ・コーラを通年商品にしようと クリスマス前夜コーポレートカラーである赤と白の衣装を身につけたサンタクロースが プレゼントとして現物を配布したのが始まりです 日本でいえばナマハゲに相当します

イギリスは島国です しかし海岸を急峻な断崖が巡る地形ゆえ 漁業はあまり盛んではなかった そこで森の木を切り倒し畑や牧畜を営みました そして 森の民であった先住の人たちは追いやられたのです 昔話や言い伝えに残るのみ 有史以前の話です
日本は同じ島国でも なだらかな海岸が連なる穏やかな土地です 海と森に依存した生活を営んでいました 宮澤賢治の童話では 森の神々に粟餅を供える風習のいわれを書いています 人々は森と共存するのです

水木しげる氏の世界とも共通するように思えます 森に住む狼(大神)や異形の神々は 柳田國男氏がいうように 縄文あるいは石器時代の神々でありましょう
西洋の狼男も吸血鬼も 活躍するのは月夜の晩です 我が森の神もまた 月読命が支配するのではなかっただろうか

狼の森での火祭りのシーンは印象的です 日本狼が滅びて森の秩序が失われました いま里山から動物たちが下りてくるのは 人々が森への畏敬を忘れたことへの警鐘とも思えます
そういえば賢治の童話には ドングリがよく出てきます 樹の実は石器時代それ以前から常食されてきました 縄文時代にはドングリも栽培されていたようです そして粟や栃などから稲作(熱帯ジャポニカ米)へと続きます

References   [ + ]

1. サンタクロースの衣装が赤と白になったのは コカ・コーラのキャンペーンからです 夏場の季節商品であったコカ・コーラを通年商品にしようと クリスマス前夜コーポレートカラーである赤と白の衣装を身につけたサンタクロースが プレゼントとして現物を配布したのが始まりです

マーケティングのP(4p)

マーケティングの4pというものがあります プロダクト・プライス・プレイス・プロモーションです
それぞれのpを脈絡なく勝手にやっていては マーケティングが成り立ちません 製品作りと価格設定 売り方と方向性が一致して 初めて製品・サービスは市場に受け入れられます

つまり四つのpをパッケージングするのです P(4p)という感じです 社内すべての部門でコンセプトに一本筋が通っていなければならない(四つ葉のクローバーでいえば茎に当たる) これはそのままブランディングにも通ずる施策といえます

物を作るということ それを売るということ 志と理念が伴わなければ お客様の情緒にまで届かないのです 客は理性で物を買うのではない 感情の動きに左右されています 機能性・品質で製品を選んでいるように見えても 最終的に決定するのは好感度や信頼感です

多くの企業では とくに意識せず四つのpを行っています 意識してパッケージングすることが ブランディングの第一歩かもしれない
根幹にあるのは企業理念なのですが 社是・社訓ではだめ もっと感覚的なものです 企業風土・文化といった方がいい

客のブランドに対する感情は曖昧で 確たる意志で決定するものではありません 嫌いな理由は比較的はっきりしているが 好きなのはなぜか自分でも うまく説明できない
価値観といっていいかもしれない 企業と客が価値観を共有して そこにブランディングが成り立つのではないだろうか そこで最も重要になるのがコミュニケーションです

お客様のところに届けるのは 製品・サービスであると同時に満足感であり 信頼感また達成感でもあります(分かりにくい言い方ですが その商品を買った自分の判断の正しさを確認すること)
企業側から見れば 自らの製品作りの信念・思いを認めてもらうことといえます お客様の志向や希望にそのまま合わせるのとは違います 商品・サービスを通じて価値観のやり取りをする

客は自分が何を求めているか 実はよく分かっていない 客は問題提起するが その答えを出せるのは企業です 売ると買うとはコミュニケーションそのものだと思います 商品・サービスを知らせる・知る→購買する→満足する→好感・信頼感を抱く この循環に意思の疎通がなければならないのです
客の問題意識は様々ですし 対する答えも一様ではない マーケティングの問答に唯一の正解はありません 企業それぞれの立ち位置を明確に示すことが マーケティングであり ブランディングといえるのではないですか

居住区

人種・宗教の垣根を越えて みんな仲良く人間は等し並にといっているのは 日本だけではないでしょうか お互い様の精神は麗しいのですが 世界には通じないと思います

世界中で紛争は収まらず 民族同士がいがみ合い 内乱・内戦を繰り返しています そんな中で難民・移民も多数生まれました 遠い世界の話ではない 私たちの隣国でも行われていることです
朝鮮戦争は終わったわけでなく 北鮮だけが悪者でもありません 南北の対立は平和国家を標榜する日本の主権を脅かし とばっちりを受けた日本国民犠牲者が多数います
朝鮮戦争の当事者である韓国は 日本に多大な迷惑をかけているのですが それを認めるどころか開き直って 金をゆすり取るため外交攻勢を仕掛けています 宗主国である中国も背後から支援しています

難民・移民たちは渡った地で コミュニティをつくり集団で暮らします やがて時がたつにつれ 自ずと居住地は区分けされ ○○タウンを形成することになります
曾野綾子氏1)氏がクリスチャンであることと この発言は何ら矛盾しません キリスト教の教義は平等主義ではない 異教徒には厳しいものですが産経新聞に「移民の居住区は分けた方がいい」と発言し 人種差別だとバッシングを受けました 氏の見解は至って真っ当だと思います
難民を受け入れるなら隔離するということは 世界中で行われています 移民も仲間同士の方が暮らしやすいはずです

お互いの立場を尊重するなら 相手の信条や理念 価値観・習慣を認めねばなりません 郷に入らば郷に従えは 日本流を強要することです
日本はよい国なのだから それぞれの文化・歴史・伝統を蔑ろにし 同化政策を推し進めよというのは 危険な全体主義でしかない
朝鮮半島における創氏改名も同じ発想です おそらく日本人並に扱うという善意からだと思いますが 侮蔑と受け取られて当然です

近くのスーパーで中国人が買い物をしていました トウモロコシを手にとって 一本一本皮をむき実の入りを見ています 別の者は 桃を保護している緩衝用ネットを取り去り 実を指で押しています 結局それらのトウモロコシと桃を買うことなく棚に戻しました
日本人でも買う気もないのに なぜかパックの刺身をすべて指で押す婆さんなどがいますから あながち彼らを責めることはできません 露天の市場ではそうやって確かめて買うのが常識でしょう でなければ粗悪品をつかまされてしまいます

それぞれの国で生活習慣は違います 日本に来たのだから日本に合わせろといっても無理です 「大東亜共栄圏」も「世界革命論」も そして「世界は一家人類皆兄弟」も幻想でした 人間は皆同じではない 皆が日本社会に融け込もうと思ってるわけでもない
日本の常識が人類普遍の道理だなんて 思い上がりであり勘違いです 日本人の価値観を押し付けては 他国人・他民族・移民・難民にとっては迷惑なだけです

アメリカは移民が作った国です 連邦国なのは別々に暮らすコミュニティが元となっているからです 多民族・多宗教の集団が それぞれの価値観と文化を保って合衆国となります
各州は独立と自治が認められます それらを束ねるのが 星条旗であり連邦政府であり合衆国憲法です
やがて移民の勢力が拡大し西部に進出 先住の人たちが追いやられはじめました 全ては移民側の都合理屈ですから いまやネイティブは居留地でひっそりと暮らす立場です

はたして 日本及び日本人の将来はどうなるのでしょう 他国人・他民族との融和を唱えていたら いつの間にか他国人による宥和にすり替わるかもしれません(静かなる侵略です)
アメリカでもとくにサンフランシスコあたりでは 昔からチャイナタウンが形成されていました 習近平の政敵粛清が強化されるにつけ アメリカに渡る中国人は増大 ついに中国系市長が登場するまでになりました

References   [ + ]

1. 氏がクリスチャンであることと この発言は何ら矛盾しません キリスト教の教義は平等主義ではない 異教徒には厳しいものです