コンテンツへスキップ →

タグ: 風評

SNSはメディアか

Face bookがこれほど興隆した理由 日本ではふるわない理由はなんだろう 実名で参加することを厭う風習が その原因ではないかとの論調は正しいのだろうか 私にはよく分からない
確かに日本ではパソコン通信の頃から匿名が当たり前だったが

東南アジアや中近東でFace bookが普及した理由は ブロードバンド環境がないから 日本で普及しない理由はケータイがあるから という傾聴に値するご意見がある もとまか日記Zさんです 面白い見方ですね 触発されます

インターネットのリンクは 現実社会の複層的な繋がりに類似している 情報の流通がインタラクティブなのだ 受け手であり同時に発信者でもある
ここでは政府 大企業 個人が同じ土俵に立っている 尖閣諸島ビデオ ウィキリークスを見るまでもない

社会生活はもともと複層的な繋がりで成り立っている 広告が 今までマスやクラスターにアプローチしていたのは その複層的な繋がりを定量化できなかったために過ぎない
レイティング GRP ライフスタイル・セグメンテーション どれも手探りと想像の産物だ いくらチャートを眺めても 現実の人間は見えて来ない
SNSは擬似的な社会生活なのだろうが リアルなコミュニティが形成されているとは とても思えない

もっとも、現実社会でもすべてをさらけ出すことは少ない ギリシャ悲劇の仮面を(仮面劇だった)ペルソナという パーソナルの語源だ 現実の社会生活も しょせん劇場なのかもしれない 複層的な繋がりは 仮面を付け替えるのに似ているからだ
実名 匿名 愛称 あだ名 芸名 ペンネーム 雅号 仮名 偽名 ハンドルネーム 果ては戒名に諡 そして二つ名 どれが実態を表すのか? なんて不毛の論議ですね  ただ SNSをメディアと捉えたら間違える 従来の広告・マーケティングの延長で解釈していると 見誤るだろう ペルソナマーケティング 茶番ですよ (見たことはないが 昔の日本映画でありました「ある時は……pufa 七つの顔を持つ」とかいうやつ)

【マス】→【個】→【仲間】=【TVが代表する マスメディアを使った広告が主流の第1モデル】→【雑誌などのクラスターメディアへ商品情報を発信する第2モデル】→【SNSは世代も地域も自由に飛び越えた第3のモデル?】
そうだろうか? 「RT」(リツイート)も「いいね!」(Internet Explorer の〈お気に入り〉と同じく 私にはとてもイヤな語感です)も 共感の言い換えにすぎないのではないか

企業が発信する情報に対して 共感しなければ 人はその商品・サービスを購入しない 「あの人が使っているから」「隠れた名品」「いちばん売れている」「伝統のなんたら」
動機はさまざまでも すべて商品・サービス・企業の持っているストーリー(イメージ)が 自分の感性に一致したから買うのだ

SNSをメディアと捉えるのは いわゆるクチコミを作り出そうということだろう が 共感のトリガーはクチコミだけではない クチコミは言い換えればうわさ話 風評と大差ないものだ
多くの場合 風評はマスコミ発信のものが多い 今でも「TVで言っていた」は 動機付けの大きなファクターだ エモーショナルな部分に訴えるから タイガーマスク騒動はいい例だ
ちょっと変わったページがある 主にオーディオケーブルを扱っていらっしゃる「PRO CABLE」さんだ 無責任な言説に対して 実に正鵠を射た卓見を述べられている
(このページに感心したのは ブルーレイレコーダーを買い替えた時 家にあった適当な同軸ケーブルとピンプラグを使ったら 驚くほど画質が悪くなった経験があるからだ ケーブルは太いほどいいという うわさ話に惑わされていた)
専門誌のミスリード それを受け売りする読者 そこから広まるクチコミへの痛烈な批判だ 評論家が言っていた 知人から聞いたという話が いかに当てにならないか分かる

インターネット情報は玉石混淆 その中から真実を見分けるには見識が必要だ しかし既存マスメディアも実は信用するに足りないということだ
新聞・雑誌は影響力を全く失った 権威主義を振りかざしていたからだ 署名記事といえども ◯◯新聞という権威に寄りかかって書いている 権威の傘のもと匿名で権力を振るうのは 官僚にそっくりの精神構造である
匿名とは奥ゆかしさではない 単なる責任回避に過ぎない
理性の部分に訴える(本当はこれも、理知的でありたいとする層の感情に訴えているのだが)役割は これから何処が担うのだろうか ブログ? SNSではないと思う

コメントは受け付けていません

GoogleTV

なんと キンドルやiPadが日本語化される前に 今度はGoogleTVです 大きな変革が予想されます(日本では役人とTV局が結託して妨害するでしょうが)
GoogleTVは例によって検索技術を使います TVプログラムを見て リモコンのチャンネルで番組を探すのではなく 番組名や内容・出演者などのキーワードを打ち込むことで 見たい番組に直接アクセスできるのです
この際にアクセスできる番組は 放送局のTV番組に限りません どこかにあるビデオライブラリーであったり YouTubeにアップされている映像も含まれます TV局が流す放送も 素人の投稿も全て同列に扱われるわけです

素人の投稿より TV局の放送の方が有益なはずだ? 権威主義の日本人はそう思うかもしれません インターネットでさえ Yahoo!Jが選んでくれたホームページで満足していたのですから
しかし 情報の価値を決めるのは お上や偉い人ではありません 個人の見識です
たしかに インターネットの世界は玉石混淆で 99%はつまらん石です でもそれでかまわない
川喜田二郎先生が ご著書に書いておられました あらゆる角度からのウソを集めて KJ法を用いれば 真実の姿があぶり出されるというのです 多数の人が 全てに整合性のあるウソをつくことはできないからです

インターネットはカオスのようですが ガセネタ・風評は案外数パターンしかありません 嘘を八百も吐くことは案外難しいのです 別にKJ法を用いるまでもなく 見識があれば真実は見えてくるものです
一方的に送りつけられる既存のTV放送より YouTubeの映像にこそ価値あるものが含まれる可能性は大きい その価値を見いだすのは視聴者自身なのです
電波の免許制の上にあぐらをかいて 挙げ句のはて公共放送にまでスクランブルをかける日本のTV局は 淘汰されなければいけません

コメントは受け付けていません