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タグ: ストーリー

リアリティ番組?

リアリティ番組とかいうのが 取り沙汰されています 私はそんなものを見たことないので なんとも言えません アメリカのあるプロレス団体の興行が そのような構成だと聞きました 対立するベビーフェイスとヒールのグループがあって テレビ中継の試合は その抗争の一部を切り取ったものだという設定です 試合の前後も抗争は延々と続くということになっています
「アポなし突撃取材」とか「初めてのお使い」とか「ぶっつけ本番の旅」とか「鶴瓶の家族に乾杯」なども 台本なしという建前です ただリアリティ云々という言い方はしていません あくまでも拵えものとして観るものです

それからドキュメンタリー番組と称するものは 事実に基づくという前提で作られています しかしシナリオのないドラマはありえないし カメラの位置や画面の切り取り方に必ず演出はあります そしてシーンの編集は演出そのものなのです 同じフィルムを使い編集で正反対のストーリーを描き出すこともできます
むしろドキュメンタリーの方が過剰な演出だったりもします それが行き過ぎるといわゆる「やらせ」となります ニュース・報道(と称する)番組で マイクを持ったリポーターがわざわざ走り出して それをカメラが追うといったくだらん演出は論外です

かの長寿番組「笑点」大喜利で誰だったかが 次のお題の答えを言ってしまったことがあります そのシーンをそのまま放映してましたが洒落た編集ですね 落語家の芸は練り込んだ作り込んだ完成した作品です ハプニングの面白さを狙ったのではない
寄席は演者と観客の間合いが大事です 歌舞伎でもチャンバラ映画でも声のかけどころを間違えたら台無しです TV番組で笑い声を挿入するのは「ザ・ルーシーショー」で初めて見ました 子供ながらわざとらしいなと思ったものです

この度の件はリアリティ番組の出演者が Twitterだったかの風評に傷ついたのが原因とされます TV以外に新聞・雑誌が誰かの発言の一部を取り上げて 曲解した見出しで煽り立てるのも日常です 毎日新聞や東京新聞に多いでしょうか まるでイエロージャーナリズムですが 当人はクオリティペーパーのつもりでいるのでしょう
自分たちの政治的立場(カメラ位置)に都合のよい事実だけを取り上げ報道する 都合の悪いところは無視する(カメラアングル) 報道しない部分はなかったことになります 生憎と都合の悪い事実だけだったら 言い換え・脚色した見出しとリードをでっち上げます
でっち上げ(捏造=英語では trump up と言うらしいですね)とは捏ね上げる意味ですから[01] … Continue reading フェイク・虚報ではありません 事実に基づいた演出なのです(だからもっともらしい) デスクや整理部はドキュメンタリー番組の編集室に相当するのでしょうか

註釈

註釈
01 捏造(でつぞう)を(ねつぞう)と言うようになったのはいつからでしょう 粘土を捏ね上げてまるで本物そっくりに作るから捏ち上げなのですが 粘土の(ねん)から来たのかネチネチと作るから? それにしても自動車のクレイモデルは本当に実車そっくりです でも決して走ることはない
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ブランディングは一朝一夕にできません

「100日後に死ぬワニ」騒動を引き起こした ベイシカという会社 キャラクター商売のようですが 版権管理とはちょっと違うみたいです ホームページを見ると キャラクターを使ったブランディングを標榜しています 
自慢なのがスピード感 社長インタビューによれば ひとつの案件に1か月しかかけないそうです たしかに「100日後に死ぬワニ」公式グッズショップの開店は 原作終了の翌日という速さです 実態はイベントプロモーターですか
きくちゆうきさんの原作は タイトル通り100日間twitterに連載していました 普通に考えれば 多方面への展開は連載開始前から周到に準備していたと思われます しかし作者によると そうではなくベイシカがコンタクトをとってきたのは 連載開始後1か月経った頃だそうです
おそらく原作の人気に当て込み ひと儲けしようという 山師的発想で原作者に近づいたのでしょう ブームは一過性のものだろうから 今のうちにという感覚です だとしたら 原作者に対して失礼なことですし オーディエンスを愚弄しています この拙速なやっつけ仕事が 嫌悪と反感を呼んだと思います

原作を見たところ 無常観といいますか死は特別なものでなく 日常に遍在するがテーマと私は受け止めました 生きることは即ち 死に向かっての歩みです 今日一日生きたら 死に一日近づくのです
ブランディングは一朝一夕にできません 地道な毎日の積み重ねです お手軽なゆるキャラみたいなものを作れば ブランドのイメージが上がるなんて 安易なものじゃない
キャラクターにも様々あって ストーリーに従い成長するものと安定した存在があります 「100日後に死ぬワニ」はどうなんでしょうか

死んでしまったワニのキャラクターを どうやってマネタイズするのか 今までになかったケースです しばらく沈黙して七七日後に 新たなストーリーが始まるとかすれば面白かったかも スピード感はまったくありませんが 人の噂も七十五日といいます 49日なら忘れられないでしょうし 100日後とも整合性があります

東京と大阪に4月1日からCafeまで開かれるそうです 話題を利用するだけという魂胆が見え透いた この矢継ぎ早のキャンペーンが 今後どのように推移するか注目したいですね 版権管理とかキャラクターを育てるという 長期的視野はまったく持たない連中です 刹那に生きるのも無常といえば無常観かもしれませんが
TVとのタイアップで話題を作り客を呼ぶ手法は 結構うまくいってます 作品のファンであるユーザーでなく 話題性だけで買う浮動層がターゲットなら これはこれで案外成功するかもしれません 以前にも ブログ発の小説を書籍化したりTVドラマ化して 一山当てたというのがありました でもかなり時間をかけていた気がしますけど

このようにtwitterを使ったマーケティングで思い出すのは グルーポンですね あれも日本では光通信という詐欺商法会社(企業舎弟?)が展開していました
本家アメリカでは フラッシュマーケティングと言われていたようで まさに刹那主義の一発屋手法です 期間限定の割引は古典的なものですが twitterを使ったのが目新しかった

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破天荒と荒唐無稽

映画や小説のストーリーにおける 破天荒と荒唐無稽の違いはどこにあるでしょう 破天荒を裏打ちするのは考証かと思います とくに時代劇は事実に基づいたディテールが大事です これがいい加減だとリアリティが損なわれます
逆に未来を描いたものは 想像力が大切かもしれません いまの技術の延長線上に未来の姿はない 何かドラスティックな変革が必要かと思います

池波正太郎先生の「鬼平犯科帳」なんて 実在の人物がモデルなのにまるっきり作りものです しかしこの盗賊ども実に生き生きと活躍する 緻密な時代考証があるからです 池波先生は立ち回りを描くために 居合いを修めておられました 剣の使い方をご存知です[01] … Continue reading
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は 時代物なのに想像力で書いているように思います ろくに資料に当たってないんじゃないか 小説だからそれでいいだろう といえばそうですが 絵空事になってしまいます 竜馬を付け狙う剣客を峰打ちで撃退するなんてあり得ない[02] … Continue reading

最近のTV時代劇などで 手を支えている相手に向かって「頭を上げて」というのが気になります 「お手をお上げください」という言葉を知らないのでしょう また帝国海軍軍人が 肘を張った敬礼をして「○○であります」といってる映画もありました
映画の場合は画作りのために 省略や誇張が必要なことがあります しかし間違いは間違いです 考証を疎かにしては どんなにストーリーをこねくり回しても 破天荒でなく荒唐無稽になってしまうのです[03] … Continue reading

小説を書き進めるうちに 登場人物が自ら動き出すとよくいいます 小説の世界で命を与えられるのです そのためには 綿密な取材に基づくディテール構築が必要です 小説は人物像を描き出すのであって ストーリーに沿ってキャラクターを動かすのではない
映画作りは画作りです 目に見える具体的な世界を描き出さねばなりません[04] … Continue reading 小説と異なり想像力を働かせる余地がない 映画もやはり人物像を描き出します 小説のように筆力ではなく キャスティングと役者の演技力によります

「戦国自衛隊」は破天荒な作品であるといえます 戦国時代の戦術・戦技にリアリティがあります あの知識は千葉真一さんでしょうか 監督によるものでしょうか 無形戦闘力が有形戦闘力に勝ることを知っている
映画の設定だと自衛隊は傭兵なわけで 大儀のない戦いを強いられています 有形戦闘力を持つも交戦権なく 兵力でない自衛隊 これこそ荒唐無稽でしょう 戦国時代にタイムスリップせずとも 平和憲法の元で一朝事あらば どのような結果が待つか

2022年5月1日追記=ウクライナに侵攻したロシア軍が停滞しているのは 士気と補給の問題です 有形戦闘力とは補給の維持であり 無形戦闘力の代表は士気といえましょう 傭兵の士気は報酬がもたらすのかもしれません 民兵や義勇軍とは違います
ロシア軍の前線に配置されているのは 少数民族のように思われます 大東亜戦争時の英印軍のようなものじゃないでしょうか 確認したわけじゃなく想像に過ぎませんが 各個撃破でもなくやたらに戦線を移動しています これでは補給が追いつかないでしょう)

註釈

註釈
01 居合とか抜刀術はパフォーマンスで 実戦の役に立つものではありません 斬り合いでは相手も刀を持っているし突っ立ってません 巻藁を斬るようにはいかないのです
現代では浅山一伝流が古来の剣術を伝えています 刀礼や血振りなどない斬ることに特化した型です 斬るのはほぼ小手と首筋です 新選組の油小路事件では道路にたくさんの指が落ちていたそうです
02 日本刀は反りと回転力で引き斬る構造になっています 棍棒や青龍刀のような叩きつける使い方は想定していない 反対側(峰)から硬いものに当てれば折れます
新選組が池田屋から引き上げるとき 乱戦で曲がった刀が鞘に納まらず 抜き身を引っさげて屯所に帰ったそうです でも一晩経つと真っ直ぐに戻っていたとのこと 曲がる刀は折れない
03 時代劇で刀検めのシーンがあります(最近はないかも) 血曇りは研ぎ直さない限り消えないとか(血には鉄分が含まれるので刀の地と結合し 拭ったり洗ったりしても落ちないのです) 動物を斬っても曇らないとか 人を斬ったことがないので 本当かどうか分かりません
戦国時代合戦に赴くときは砥石を持って行きました 刃こぼれは避けられませんし 斬ったらすぐに研がないと 血は錆と同じで茎が腐るからです 古刀が細く軽いと言われるのは 研ぎ減りのためでしょう
04 黒澤明監督の映画で 頸動脈を斬られた武士が 血飛沫を上げて倒れるシーンがあります 警察の人に聞いたところ あれは本当だそうです 激しい運動のあと太い動脈が切断されると 相当の勢いで血が噴き出ます
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