日の丸

旗日

以前は祝祭日を旗日(はたび)と呼んでいました その日は各戸で日章旗を掲げたものです 家々の玄関や門柱には 掲揚のため金具が取り付けてありました
暦にも祝祭日は交差した日章旗が描かれていました 戦前の話ではありません 昭和30年代40年代のことです 朝日新聞連載のサザエさんでも 旗日を描いた作品がいくつかあったように 当たり前の光景でした

明治以降の新暦に祝祭日が定められ 日章旗を揚げるようになりました その際 旧暦にあった農事祭や節句が廃止され あるいは名称変更されています 祭政一致の国家神道の考えからです
日章旗が描かれた暦は 月曜始まりであったと記憶します たしか土曜日は青字でした いつの間にか カレンダーが日曜始まりになるとともに(それにしては今でも土・日を週末という) 日章旗も消えさえりました1)明治の時代になって それまでの祭日が国の祝祭日とされました 大東亜戦争敗戦後 再び改変して祝日となり 今じゃただの休日扱いです 連休にするため日にちを動かすのですから 本来の意味は全く無視されています

日章旗

日章旗が法律で国旗と定められたのは 実に平成になってからです それまでは商船法の船印である日の丸が 慣習的に国旗として扱われていたのです
安政年間に他国の船と区別するため 日の丸を採用したのが始まりです 明治に入ってから追認する形で 法令で定められました それでも商船旗であって 国旗ではなかったのです

日章旗が国旗として扱われるようになったのは いつからかはっきりしません 船舶旗ですから 一般庶民には馴染みが薄かったのではないか
たぶん日清・日露戦争の勝利で国家意識が高まり 日の丸提灯や日の丸の小旗を持って行列したあたりかと思います とりわけ大東亜戦争が始まる前後、戦意高揚のため日の丸が強調されるようになリました

旭日旗

旭日旗は連隊旗・軍艦旗(日の丸の位置が違います)です 意匠自体は昔からあって 今でも大漁旗のデザインには欠かせません
16条の旭日旗は軍旗ですから 一般に使われるものではなく スポーツの応援に軍艦旗を持ち出すのも 違和感があります 代わりに大漁旗というのも変ですし
旭日旗にはいろいろなバリエーションがあります たとえば4条の旭日旗などいいんじゃないかな(遠目にはイングランドと区別がつきにくいかもしれませんが) 幟とか纏もいいですね

万国旗

スポーツといえば 運動会に万国旗はつきものです これもいつから始まったのか 諸外国にないものです ただ単に賑やかしで飾り立てただけでしょう
諸国の国旗はそれぞれ独立の象徴といった 国の成り立ちに関わる謂われがあります 日本の国旗は国家樹立を表すわけでなく由来が曖昧です あまり関心を持たれないのも無理ありません

日の丸

日の丸と一口にいっても 色の取り合わせは様々でした 戦国時代の上杉謙信公が率いる越後の軍勢は 有名な毘の字の旗印とともに 龍の字と日の丸も用いました この日の丸の幟旗は朝廷から賜ったもので 紺色地に朱色の日の丸です2)明治維新・戊辰戦争のとき新政府軍(薩長)が掲げた錦の御旗は 岩倉具視が勝手にでっち上げました 明治天皇から授かったものではありません 孝明天皇の頃より天皇陛下を政治利用していたのです 天皇の詔勅により戦うのは征夷大将軍であり 菊の御紋章を頂くなどありえないことです

白地に赤い日の丸は 色も意匠も簡潔で印象的 世界中の国旗を見ても 独自で最も美しいものです これに異論がある日本人はいないでしょう
かといって 国旗に忠誠を誓うとかいう性質のものじゃない 〈ああ美しや日本の旗は〉と敬愛することで いいんじゃないかと思います
白と赤は 日本人の心「清明(きよきあかき)」を表します 美しいものを愛でるのは 日本の良き伝統です

Endnote   [ + ]

1. 明治の時代になって それまでの祭日が国の祝祭日とされました 大東亜戦争敗戦後 再び改変して祝日となり 今じゃただの休日扱いです 連休にするため日にちを動かすのですから 本来の意味は全く無視されています
2. 明治維新・戊辰戦争のとき新政府軍(薩長)が掲げた錦の御旗は 岩倉具視が勝手にでっち上げました 明治天皇から授かったものではありません 孝明天皇の頃より天皇陛下を政治利用していたのです 天皇の詔勅により戦うのは征夷大将軍であり 菊の御紋章を頂くなどありえないことです