コーラスグループのブランディング

キャンディーズの頃

キャンディーズという コーラスグループがありました 先日のこと YouTubeで他の曲を聴いていたのですが キャンディーズが その曲をカバーしているバージョンがあります 何気なく聴いてみたところ これが驚くほど上手いのです

ほかを探してみたら ザ・ピーナッツの曲を歌ったものが素晴らしい出来です ザ・ピーナッツの歌唱力には定評があります それに伍しているばかりでなく1)ザ・ピーナッツは声量があります また声質が同じなので ハーモニーに厚みが感じられます キャンディーズのハーモニーは 清純で甘やかな透明感が特徴でしょうか 存在感を示すよりも情感の奥行きがあります
ザ・ピーナッツは けっこうアヴァンギャルドなイメージで売っていたと思います キャンディーズの3人はどちらかというと慎ましい感じです 伊藤蘭さん自身の作詞には古風な女の一面が見えます 結婚してからは雑誌で着物のモデルもしていましたね
 三人三様の個性を生かしたハーモニーは見事でした 何よりも丁寧に歌っているところに好感を持てます
ライブの録音を聴いてみました 息切れ一つせず 3人のコーラスに乱れはありません バックバンドMMPとの掛け合いも絶妙です 相当のレッスンを積んでいるのでしょう2)YouTubeに上がっているのは レコードが音源のものも多いですが 40年前の録音なので マルチトラックで音量は調整しても 3人揃っての一発録りだと思います オーバーダビングなどの加工はしてないんじゃないか (最初のころは録り直しで一人で歌ったこともあったみたいですね) さらに感心したのが 観客に語りかける際のきちんとした言葉使いです 良識を持った人たちですね

現役時代のTV3)昭和の歌手は TVの歌番組でも生演奏で歌っていました(下手はいつの時代にもいて いわゆる口パクもありましたが) キャンディーズの場合アイドルグループということで 振り付きです それでもハーモニーが乱れることがありません 大したものです 明らかにアイドルの要素も持つコーラスグループですも見ていましたが こうやって改めて視聴してみると 3人が3人とも 気立てが良い素直で純粋な印象の方々です 癖のない歌声も飾らない笑顔も そしてたぶん心根も無垢で真っ直ぐに違いない
コーラスグループのメンバーは 従業員であり自らが商品でもあるという特異な存在です )を大事にする心構え 商品力を磨きあげる真面目さが伺えます まさにプロフェッショナル精神に徹したエンターテイナーです4)キャンディーズはドタバタコメディーも躊躇なく演じ いかにもアイドルといったステージ衣装にためらいはなかった(露出度がけっこう高いのに爽やかなイメージは 彼女たちの持ち味を生かす計算されたデザインです) 本格的なコーラスグループとして歌を届けるのと何ら変わらない オーディエンスを愉しませるプロ意識のなせることです

当初は渡辺プロダクションの商品であったでしょう キャンディーズというネーミングが示すように マスコット的なキャラでした よく通る高音の田中好子をメインボーカルに据えた アイドルグループとしての仕事に 溌溂と取り組んでいました5)40年も前の話です TVが元気な頃でした キャンディーズもレギュラーだった『8時だョ!全員集合』は 視聴率が常時30%を超えていたと思います(占拠率の数字は覚えていませんが 50%超だったのではないか) ザ・ドリフターズのコントは 緻密な計算のもとに成り立っていました その分アクシデントがあると対応できませんでしたが(何しろ生放送ですから毎回真剣勝負です)
それだけでなく 自分たちでキャンディーズというコーラスグループを作り上げる 自覚と自信と自負を持っていたと思います6)ある歌番組で伊藤蘭が病欠したことがあります 残りの二人は出演したものの歌うことはありませんでした(ア・カペラで触りを披露しましたが) 3人揃ってのハーモニーがキャンディーズです コーラスグループとしての矜持を保ったのだと思います おそらく彼女たちの意志だったでしょう(仲のよさの表れでもあります) 音楽面では声域の広い藤村美樹が中心となり ハーモニーを支える役割でした 
研鑽を重ねることで グループのカラーが次第に変化するのを見抜き 伸びやかな歌唱の伊藤蘭をセンターにした判断は プロデューサーの手腕に負うところが大きいですね お姉さんキャラで打ち出した曲が大ヒットしました

3人とも才能はあったにしろ 美空ひばりや藤圭子のような天才歌手ではありません チームワークと不断の努力7)3人は天与の才能というより 努力の人たちであったと思います キャンディーズである間は「普通の女の子」の生活を求めない という決意で限界まで突き進んだのは想像に難くない 「ここまで全力で走ってきましたから(解散するのは)まったく悔いがありません」と言い切ってましたね 真面目・一途・真っ直ぐな人生ですで成し遂げた実力ミュージシャンでした キャンディーズを評価するとき欠かせない観点は スクールメイツ出身であることです
東京音楽学院在籍者から選抜されたのがスクールメイツです キャンディーズはさらに その中からオーディションを経て結成されました 3人は正当な音楽教育を受けた確かな歌い手なのです8)この3人でなければキャンディーズはなかった 声質のバランスがちょうどいいし 3人の仲は非常によく協調性がある ひとつの目標に向かって進む 意志と実行力を兼ね備えていました 息の合いかたは姉妹以上ですね でも他人同士だからお互いに気遣う 

ブランディングでもっとも大切なのは 従業員の意識の持ち方と顧客を大切にする姿勢です 社是・社訓ではない マニュアルでもない 数字に表れないエモーショナルなうねりです9)以前ボーカルが加わったジャムセッションを聞いたとき ジャズボーカルは楽器の一つなんだなと感じました その線上にスキャットがあるのではないでしょうか
コーラスグループも同じ気がします バックバンドとの呼吸が重要ですし 一方で実力のある歌い手ならア・カペラも成立します
 従業員の意識の高さが 立ち居振る舞い・表情にも如実に出ます そして顧客に伝わるのです
近ごろは ブランディングを標榜するコンサルタント会社がみられます 以前はやったCIと同じく ブランディングには経営層の承認が必要です コンサルティング会社にとっての客は社長なのです
社長の判子がもらえれば商売は成り立ちます そこから先の従業員やエンドユーザーを考慮する必要はありません 現場を顧みないプランニングは 経営層の受け狙いの御為倒しとなります

キャンディーズは 自分たちの商品特性とライフサイクルを正確に理解していました 一度できたブランドにいつまでも縋らない 最高の状態で解散することを最初から考えていたそうです 自分たちで築き上げたキャンディーズであるからこその決断です10)3人が東京音楽学院に入学したのは1969年から1970年 キャンディーズとしてデビューしたのが1972年 レコードデビュー1973年ですから 2〜3年間音楽の勉強をしてきたわけです デビューしてから3年間は全力で頑張ると決めたのも そのへんから来ているのでしょうか
中学生から6・7年間 青春のすべてを音楽に捧げてきたのです 「普通の女の子(の生活)に戻りたい」は 彼女たちの切実な気持ちが吐露された言葉です 今と違う生活に憧れる若い時期はあります 芸能界引退という意味ではなかったでしょう 自分の人生と真剣に向き合っていたということです

ブランディングとは お客様に商品のファンになっていただくことです キャンディーズには 全キャン連というファンの全国組織まで 自然発生的に生まれました ファイナルカーニバルに向けてのキャンペーンでは 3人の意志をファンが支えて デビュー以来最大の盛り上がりを見せました

解散の宣言をまず観客に告げたのは しっかりと顧客に向き合っていたことを現します その真摯な姿勢にファンが呼応し共鳴し うねりを生じたのです
こうやって今に語り継がれる キャンディーズ1676日の伝説が生まれました (ファン)とともに物語を紡ぎ出すことが すなわちブランディングです
キャンディーズの自立精神は 所属プロダクションを動かし 顧客は自ら参加し エバンジェリストとなりました 図らずもブランディングの成功事例となったのです

キャンディーズの意識の高さに加え 音楽プロデューサーの力量にも素晴らしいものがありました いま楽曲を振り返ってみると すべて夢見る年頃の おとぎ話のような恋を歌っています
3人のイメージを生かした あたかも等身大の日常を思わせます しかも デビュー時17・8歳〜解散時21・2歳という 少女から大人へ移り変わる 彼女たちの実年齢に合わせるかのように 歌詞の内容が少しづつ成長しているのです
当時のことですから むろんブランディングなどという言葉はありません しかしブランドのストーリー作りという意識は持っていたでしょう

キャンディーズの後

キャンディーズは1970年代に活躍したグループです ヒットチャートやマス媒体での人気が指標です ナショナルプロダクツをマスマーケットで売ることに疑問を持たない 拡大と売上至上主義の時代 広く薄く商品を売りさばく 数字を持ってこいの数の論理だけでした
そんな中でキャンディーズは 一部の熱狂的なファンに支えられた独自の存在でした 意識してコアな層を狙ったわけではありません 彼女らのひたむきな姿が共感を呼び起こしたのです ブランディングの草分けと言えましょう 一所懸命さは必ず伝わります

キャンディーズの解散は 一見唐突に思えます それでも彼女たちの中では予定の行動だったのです デビューから3年間を目安に(実際は4年間の活動です) 終わり方を3人で話し合っていた 年若い彼女たちが何故 そのように考えたのかは分かりません11)3人は各々の希望を持って音楽の勉強を始めたはずです キャンディーズが結成されたとき 3年間はこの3人でコーラスグループとしてやっていこうと 決意したのではないですか 期限を区切った目標があったからこその切磋琢磨 単なる仲良しグループではあそこまでできなかったでしょう
YouTubeの映像(寄せられているファンの方々のコメントは よく見ているし本質を的確に捉えている 衆知は評論家などよりよほど参考になります)を見ると 初期の頃から「私たちはコーラスグループ」と言い続けています 解散の理由もそれぞれの道を歩むためと明確です 自分たちの信念に従った行動なのです ブレることなく一貫しています

渡辺プロダクションは慰留しました しかし自分たちで決めたことだからと 一途に意志を貫き通したのです 最終的には会社が妥協する形で 半年後のファイナルカーニバルをもって 解散という形になりました

それまでにも 一身上の都合で引退する芸能人はいました 同じ事務所の先輩であるザ・ピーナッツは「さよならピーナッツ」という特集番組を最後に いわば円満退職しています ファイナルカーニバルはそれに倣ったものでしょう

ああいう形で解散したからには いかなることがあってもキャンディーズの復活はありえない 全力を出し尽くした やれるところまでやったから 解散したわけです
たとえ田中好子さんが存命でも 藤村美樹さんが芸能界に関わっていても 再び3人が歌うことはないのです

伊藤蘭さんが歌手に復帰するのは構わないと思います12)40年ぶりに歌手復帰した理由というのが 子供が手を離れたからといいますから いたって「普通」の感覚です 芸能界が普通かどうかは見方によります 伊藤蘭さんは結婚し仕事も続け子育てと 妻・主婦・母として健全に生きてきた方です 田中好子さん 藤村美樹さんも同様だったと思います 非常に歌のうまい方です(ファイナルカーニバル時 ウェディングドレス風な衣装で きれいなファルセットを披露していました) でもキャンディーズの曲だけは封印してほしかったかな
あの当時の煌きは若さだけではない 本当に充実していたことが今でも伝わります スー・ラン・ミキの3人だからキャンディーズです

昭和から平成そして令和と時は移り変わり 芸能界とTVも様変わりしました NGTや吉本興業の騒動を見れば 明らかに劣化しています
プロダクションも所属芸能人も 顧客そっちのけで醜い内輪もめを繰り広げています 〇〇〇48はメンバー間の競争をプロモーションに利用していましたし13)個人的な好みに過ぎませんが 群舞が嫌いです みんな揃って一斉にというのが北朝鮮やSGIのマスゲームを連想させるのです
よさこいソーランや阿波踊りを見ていると 悪達者という言葉が思い起こされます 民謡流しはあんなものじゃなかった 見得を切ったりしません 連やグループの中で序列が形成され 内部統制が図られているのだろうなと想像します
 楽屋落ちは吉本の芸風ではあります こうなるのは必然だったのかも知れません

キャンディーズができたのは 渡辺プロダクションの力によるものが大きい そして解散を認めた会社の度量も称賛すべきです14)渡辺プロダクションや東京音楽学院の内情は知りません ジャズから始まっているのですから自由な気風があったと思います 所属タレントを束縛することがなかったのではないか
渡辺プロダクションが ワタナベエンターテインメントと組織変更するとともに 東京音楽学院も事実上活動を停止したようです ひとつの時代が終わったということか

渡辺晋はジャズマンの地位向上のため プロダクションを設立しました 渡辺美佐は東京音楽学院を作り 日本のジャズ・ポップスのレベルアップを目指しました
東京音楽学院の選抜チームであるスクールメイツから キャンディーズは生まれました 渡辺晋・美沙子夫妻の志を継承していたのは 自然の成り行きだったといえるでしょう

1978年キャンディーズ解散の頃は すでに渡辺晋が病に倒れていました いま渡辺プロダクションは衰微しています そして芸能界とTV番組制作も かつての勢いはありません ついに日本のエンターテインメントは根付かなかったのです
カラオケが広く一般に普及したのが1980年代です TVの歌番組が消えたのも同時期です 以来プロフェッショナルな芸能から 素人芸がもてはやされるようになった気がします

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1. ザ・ピーナッツは声量があります また声質が同じなので ハーモニーに厚みが感じられます キャンディーズのハーモニーは 清純で甘やかな透明感が特徴でしょうか 存在感を示すよりも情感の奥行きがあります
ザ・ピーナッツは けっこうアヴァンギャルドなイメージで売っていたと思います キャンディーズの3人はどちらかというと慎ましい感じです 伊藤蘭さん自身の作詞には古風な女の一面が見えます 結婚してからは雑誌で着物のモデルもしていましたね
2. YouTubeに上がっているのは レコードが音源のものも多いですが 40年前の録音なので マルチトラックで音量は調整しても 3人揃っての一発録りだと思います オーバーダビングなどの加工はしてないんじゃないか (最初のころは録り直しで一人で歌ったこともあったみたいですね)
3. 昭和の歌手は TVの歌番組でも生演奏で歌っていました(下手はいつの時代にもいて いわゆる口パクもありましたが) キャンディーズの場合アイドルグループということで 振り付きです それでもハーモニーが乱れることがありません 大したものです 明らかにアイドルの要素も持つコーラスグループです
4. キャンディーズはドタバタコメディーも躊躇なく演じ いかにもアイドルといったステージ衣装にためらいはなかった(露出度がけっこう高いのに爽やかなイメージは 彼女たちの持ち味を生かす計算されたデザインです) 本格的なコーラスグループとして歌を届けるのと何ら変わらない オーディエンスを愉しませるプロ意識のなせることです
5. 40年も前の話です TVが元気な頃でした キャンディーズもレギュラーだった『8時だョ!全員集合』は 視聴率が常時30%を超えていたと思います(占拠率の数字は覚えていませんが 50%超だったのではないか) ザ・ドリフターズのコントは 緻密な計算のもとに成り立っていました その分アクシデントがあると対応できませんでしたが(何しろ生放送ですから毎回真剣勝負です)
6. ある歌番組で伊藤蘭が病欠したことがあります 残りの二人は出演したものの歌うことはありませんでした(ア・カペラで触りを披露しましたが) 3人揃ってのハーモニーがキャンディーズです コーラスグループとしての矜持を保ったのだと思います おそらく彼女たちの意志だったでしょう(仲のよさの表れでもあります)
7. 3人は天与の才能というより 努力の人たちであったと思います キャンディーズである間は「普通の女の子」の生活を求めない という決意で限界まで突き進んだのは想像に難くない 「ここまで全力で走ってきましたから(解散するのは)まったく悔いがありません」と言い切ってましたね 真面目・一途・真っ直ぐな人生です
8. この3人でなければキャンディーズはなかった 声質のバランスがちょうどいいし 3人の仲は非常によく協調性がある ひとつの目標に向かって進む 意志と実行力を兼ね備えていました 息の合いかたは姉妹以上ですね でも他人同士だからお互いに気遣う
9. 以前ボーカルが加わったジャムセッションを聞いたとき ジャズボーカルは楽器の一つなんだなと感じました その線上にスキャットがあるのではないでしょうか
コーラスグループも同じ気がします バックバンドとの呼吸が重要ですし 一方で実力のある歌い手ならア・カペラも成立します
10. 3人が東京音楽学院に入学したのは1969年から1970年 キャンディーズとしてデビューしたのが1972年 レコードデビュー1973年ですから 2〜3年間音楽の勉強をしてきたわけです デビューしてから3年間は全力で頑張ると決めたのも そのへんから来ているのでしょうか
中学生から6・7年間 青春のすべてを音楽に捧げてきたのです 「普通の女の子(の生活)に戻りたい」は 彼女たちの切実な気持ちが吐露された言葉です 今と違う生活に憧れる若い時期はあります 芸能界引退という意味ではなかったでしょう 自分の人生と真剣に向き合っていたということです
11. 3人は各々の希望を持って音楽の勉強を始めたはずです キャンディーズが結成されたとき 3年間はこの3人でコーラスグループとしてやっていこうと 決意したのではないですか 期限を区切った目標があったからこその切磋琢磨 単なる仲良しグループではあそこまでできなかったでしょう
YouTubeの映像(寄せられているファンの方々のコメントは よく見ているし本質を的確に捉えている 衆知は評論家などよりよほど参考になります)を見ると 初期の頃から「私たちはコーラスグループ」と言い続けています 解散の理由もそれぞれの道を歩むためと明確です 自分たちの信念に従った行動なのです ブレることなく一貫しています
12. 40年ぶりに歌手復帰した理由というのが 子供が手を離れたからといいますから いたって「普通」の感覚です 芸能界が普通かどうかは見方によります 伊藤蘭さんは結婚し仕事も続け子育てと 妻・主婦・母として健全に生きてきた方です 田中好子さん 藤村美樹さんも同様だったと思います
13. 個人的な好みに過ぎませんが 群舞が嫌いです みんな揃って一斉にというのが北朝鮮やSGIのマスゲームを連想させるのです
よさこいソーランや阿波踊りを見ていると 悪達者という言葉が思い起こされます 民謡流しはあんなものじゃなかった 見得を切ったりしません 連やグループの中で序列が形成され 内部統制が図られているのだろうなと想像します
14. 渡辺プロダクションや東京音楽学院の内情は知りません ジャズから始まっているのですから自由な気風があったと思います 所属タレントを束縛することがなかったのではないか
渡辺プロダクションが ワタナベエンターテインメントと組織変更するとともに 東京音楽学院も事実上活動を停止したようです ひとつの時代が終わったということか